phone rang 064
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僕がカメラを盗まれた時には、フィルム室に国産の白黒フィルムをいれていた。今はもうフィルムは、恐らくはKの手で交換されていて、露出もフィルムの感度次第で調節しているのかも知れない。

もちろんフィルム室にフィルムが入っていない可能性もある。もしKが、この霧に煙る丘で、巻き上げノブに親指を掛けて見えないフィルムを巻き上げ、小気味良い音を立てる空シャッターを切り続けているのだとしたら、それは何のためだろうか。ひどく光量不足の世界をゆっくりフィルムに焼き付け、そのネガから写真を作り、誰かにそっとこの霧の中の風景を提示するためではなく、出鱈目にシャッターを切り続けているのだとすれば、それは何のためだろうか。

霧の海に飲まれ、頂上付近は何も見えなくなりつつあり、どれだけ目を凝らしても、そこに建物らしきものは見えない。弱々しい太陽は完全に丘の向こうに隠れてしまい、分厚い雲が夜空を隠し、大地は蠢く霧に覆われている。

暫くすると流れる霧がKをも覆い、Kの姿は微かな影となって、完全に姿が見えなくなる。僕は夢の中で彼を探すが、ほんの1メートル先の視界も利かなくなり、やがて自分自身も完全に霧に飲み込まれ、自分の手足も不確かなものとなる。そう、ためらう間もなく、霧の中で僕は消滅する。
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