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aria

空は灰色。めまぐるしく蠢く灰色の雲。空と雲の境界ははっきりせず、雲と雲は複雑に入り交じっている。雲の中に現れては消える灰色の鳥たち、雲を押し流す灰色の大気、熱っぽい大気、緩慢な時の流れ、拡散した灰色の光、いつしか湿度が高くなり、大地はぶるぶると震え出す。灰色の空の下には車の群れ。渋滞し、どこかいらだっている。午後。忙しく動き回る都会の様子。携帯電話が鳴り、数百万ヘルツの声が交錯し、通信回線は輻輳する。人間や車の上には間もなく雨が降り出すだろう。カラスたちは情報収集に追われる。ネズミたちはもう行動を始めているだろう。移動用のケージに入れられた馬は暴れ出し、動物園のシロクマは模造された北極圏の氷山の上を行ったり来たりしながら不安げに何度も首を振るだろう。雨がやってくるときはいつもこうだ。

タクシーのフロントガラスに最初の雨滴が衝突する。運転手は目だけで空を見やり、空の状態を確認するだろう。そして、客が乗っていなければ、次の交差点で雨の日に有効な乗車ポイントへ進路を取り直すかも知れない。タクシー待ちの情報が無線から流れてくるかも知れないし、大通りに出て大きく手を挙げてタクシーを止めようとしているビジネスマンに出くわすかもしれない。だが、もし客を乗せていたら、空にはほんの一瞥をくれてやっただけで、すぐに走行車線に視線を戻し、無表情のままハンドルを切るだけだろう。そう、実際、後部座席の男性客は駅のターミナルで乗り込んで空港名を告げただけ、窓の外を眺め続けている。窓の外に何があるというわけでもない。たった今雨になった東京の街の風景だ。高速を使いますか。この時間なら時間短縮できるかも知れません。どうぞ。お好きなように。近くの高速入口から高速道路に入る。タクシーは首都高をまどろむような猛スピードで走行し、ゆるぎない時間の上をローラーコースターのようになぞってゆく。このまま流れるように空港まで。タクシーに乗っている客はわずかな地理上の移動を果たすはずだ。ただし窓の外の雨のせいで時間の感覚はずれてゆき、ぐにゃりとゆがみ、意識は粒状となり、広範囲に拡散してしまうかも知れない。実体とかけはなれた時間感覚が、男に移動することの無意味さを思い知らせるかも知れない。もしくは移動する先の修正を強く迫るかも知れない。いや、そうなったとしたら、とりあえずの行き先が空港というのはかえってうってつけなんじゃないか。男は空港の航空会社のコンピュータと相談し、行き先を別の文化、別の言語、別の空に変更することができるだろう。もちろん、そうはならないかも知れない。雨の勢いが強くなる。運河。埋め立て地。運河。モノレール。ジャンクション。テールランプ。ロジスティクス。タグボート。平べったい形をした遊覧船。案外優雅に飛ぶかもめ。むくむくとした体つきのかもめ。



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