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furin pudding (2)


部屋の暗がりで、彼女は泣いていたのだろうか。僕は同じ暗がりの中で服を着て、じゃあ、と小さな声で言った。別れの言葉にしては短すぎる気がしたが、もはや、それがどんなものであれ、言葉は信用ならなかった。ある種の欲望は、そこにある言葉に手をかざし見えなくし、それらの言葉が収められた辞書に火を放つのだ。丁度、唇で唇を塞ぐように。彼女の体が火を放ったように。彼女が何をしたのか、問いつめたほうがよかったのだろうか。彼女が何に満足し、何に不満を抱いていたかを。それがどんなにつらい行為だとしても。そんなことをする必要がないのは僕自身よくわかっていた。冷蔵庫に残して置いた五個のプリンが全て無くなっていた。それだけだ。クリスマスに雪が降るという週間天気予報は本当だろうか。僕はコートの襟を立て、コンビニへ急ぐ。iPhoneのボリュームを上げる。リヒターのチェンバロが冬の空を、僕の心を、空になったプリンのカップの残像を切り刻んでゆく。



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